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サウジ豆知識 6代目国王 アブドラ国王(2005-2015) | サウジ.jp
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King Abdullah アブドラ国王

サウジ豆知識 6代目国王 アブドラ国王(2005-2015)

2つの聖なるモスクの守護者アブドラ・ビン・アブドゥルアジーズ王は、2005年8月1日にファハド王が崩御した後、王位に即位した。

アブドラ王は1924年にリヤドで生まれ、宮廷で早期教育を受けた。父アブドゥルアジーズ王の影響を受けて、宗教、歴史、そしてアラブの遺産に深い敬意を払っていた。ベドウィンの部族と一緒に砂漠に住んで過ごした年月が、名誉、明快、寛大、勇気の価値を教え、また国民の発展を助ける情熱を植え付けた。

皇太子として王国を広く旅し、全国で多くのプロジェクトを発足した。2005年には、国の市会議員選挙の選挙プロセスを詳細に監視した。

国内では社会の改革に最も力を入れ、国民にもっと参加してもらうように計画を進めた。さらに、長期的な政策では人材に投資し、世界中に留学ができる留学制度を設けて、10年に渡って世界に150万人ものサウジアラビア人を留学生として送り出した。

王の国際外交はアラブとイスラム教関連の問題を防ぎ、世界の平和と安定、そして保安を達成しようとするサウジアラビアの指導的役割を反映しているものである。中東の平和とパレスチナ人の窮状は、アブドラ王が特に関心を寄せる問題である。2002年のベイルートのアラブ首脳会議で発表された包括的なアラブ・イスラエルの平和に関する彼の提案は、アラブ諸国連盟によって採択され、アラブ和平イニシアティブとして知られている。

アブドラ王は、断固としてテロリズムを非難し続けてきた。2005年2月にリヤドで開催された国際テロ対策会議では、このグローバルな問題に立ち向かうため国際協力を強化するよう呼びかけた。

出典 サウジアラビア大使館(米国)

写真の出典 King Abdullah Foundation

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sauji.jp 運営スタッフ
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