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サウジ豆知識 アラビア半島歴史(イスラム後) | サウジ.jp
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Dunes with houses

サウジ豆知識 アラビア半島歴史(イスラム後)

610年ごろ、繁栄するマッカの商業中心部出身のムハンマドは、天使ガブリエルを通じ、神 (アッラー:الله) からのお告げを受け取った。更なるお告げが彼に「神は唯一無二の存在である」と布告することを命ずるにつれ、預言者ムハンマドの信奉者は増えていった。

622年に、自身に対する暗殺計画を知ったこの預言者は、信者を率いてヤスリブの町に着いた。ここは後にマディーナ・アル・ナビ (預言者の都) と呼ばれ、今では単にメディナ(あるいはメディナ・ムナッワラ)と呼ばれている。これがヒジュラ、すなわち移住であり、イスラムが使用するヒジュラ暦の始まりである。


メッカからメディナへの移住はヒジュラ歴の始まりだった


その後数年間で、預言者ムハンマドの信者とメッカの異教徒の間でいくつもの戦いが起こった。628年、メディナが完全にイスラム教徒のの手中に収まった年までに、預言者は部族の統一を非常に上手く行い、それにより彼と彼の信者は流血なしにメッカに再び戻ることができた。

イスラム帝国
イスラム教誕生から100年も経たないうちに、イスラム帝国はスペインからインドと中国の一部にまでその勢力を伸ばした。権力を持つ政治的中心はアラビア半島を離れたが、貿易はその地域で栄えた。

また、数多くの巡礼者が定期的に半島を訪れ、メッカとメディナの2つの聖地への移住も見られた。これらの巡礼者たちは、半島の人々とアラブやイスラム世界の他の文明との間で、考えや文化の交流を促進した。

国際学習の言語としてのアラビア語の出現は、アラビア半島における文化発展のもう一つの重要な要素であった。イスラム教徒の世界が学問と科学の進歩の中心となり、この時代は「黄金時代」として知られる。イスラム教徒の学者たちは、医学、生物学、哲学、天文学、芸術、文学を含む様々な分野で大きな貢献をした。イスラム教徒の学者たちによって開拓された多くのアイデアや方法は、現代科学の基盤となった。


イスラムの黄金時代は現代科学の基盤となったと言われている


イスラム帝国は大いに繁栄したが、17世紀に入ると、小さなイスラム教徒の国家に分裂していった。アラビア半島は徐々に比較的孤立した時代に入ったが、メッカとメディナはイスラム世界の精神の中心としてとどまり、様々な国からの巡礼者を魅了し続けた。

出典 サウジアラビア大使館(米国)

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sauji.jp 運営スタッフ
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