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日サ豆知識 経歴(簡略) | サウジ.jp
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サウジアラビア大使館

日サ豆知識 経歴(簡略)

日本とサウジアラビアの関係はちょうど第二次世界大戦後に始まり、1951年にサウジアラビアは対日平和条約に調印し、1955年に両国の外交関係が正式に樹立され、日本・サウジアラビア両国が大使館を開設した。(開設して以来広尾に所在していたが、2000年頃に六本木一丁目の現在のビルに移った。)

経済技術の協力は、日本のアラビア石油(株)が石油開発利権を獲得したことが始まると言える。アラビア石油(株)の成功は両国の友好を促進しただけではなく、経済技術協力関係が発展する礎となった。1960年代、両国の経済・技術協力関係の発展は加速する。民間の経済交流とともに、国家間レベルの経済技術協力関係の確立の必要性が認識され、サウジアラビアは自動電話網開設、鉱物資源開発、農業開発などへの日本の協力の要請をした。

昭和天皇とファイサル国王(東京、1971年、5月)

昭和天皇とファイサル国王(東京、1971年、5月)

1971年に当時のファイサル国王が日本政府の国賓として日本を訪問し、天皇陛下と会見した。1973年の第1次石油危機以降、両国容認の相互訪問が良好な外交関係を築いていった。1997年、橋本龍太郎総理大臣は日サ関係の促進のためサウジアラビアを訪問し、「21世紀に向け包括的パートナーシップ」構想を提案した。協力の拡充分野は「人づくり(教育・職業訓練)」、「環境」、「医療・科学技術」、「文化・スポーツ」、「投資・合弁」に決定し、両国間の交流区関係は着実な発展を見せている。

それまで、毎年数名程度の留学生が日本に来ていたが、アブドラ国王奨学金制度が始まり、2007年には大人数の留学生を日本に送り込んだ。留学生の拡大は技術移転を意識した目的で、人材つくりの新たな面として両国ともに歓迎した。

2015年に60周年を迎える日サ関係が特別にイベントを立ち上げ、当時サウジアラビアの皇太子であるサルマン王子を招きした。2016年にサウジラビアの政府が石油離脱計画「ビジョン2030」を公表してから同年の9月に副皇太子であるモハンマド・ビン・サルマンが訪日し、日本との共同ビジョン作成の話を始めた。

2017年に46年ぶりに国王(サルマン国王)が訪れ、正式に「日・サウジ・ビジョン2030」を公表した。今後2030までは両国の経済交流活動や産業協業がますます活発になり、両国の発展が期待されている。

出典 日本サウディアラビア協会 「写真で見る日サ友好60年の歩み」、「アブドルアジーズ王の生涯」

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sauji.jp 運営スタッフ
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